bodaika’s blog

bodaika のつぶやき

自然茶のお茶会

今日は本山長吏様のお弟子さん、堀口一泉(一子)さんよりお茶会が代官山であるので是非!とお声掛け下さいました。

昨年夏の本山講習会で1週間枕を並べた法友のおひとりです。娑婆というのでしょうか(笑)普段のご活躍、茶人である堀口一子の世界を拝見させていただきました。

お茶会というと茶道のイメージがありますが、お茶が自然茶で堅苦しくないものとおっしゃってましたので楽しみにしていました。

場所は陶芸家清水善行さんの個展を開催しているギャラリーで、作品の茶器や火鉢を使いお茶を入れてくださるという内容です。これが見た目にも美しく、とても奥が深いのです。お茶は3種類の茶葉で、厳選した天然水を火鉢で沸かし、丁寧に煎じ、一煎から四煎目くらいまでの変化を感じ味わいます。そして3種類の茶葉に合うお菓子を頂くという風流なひと時。始めと終わりには少しの瞑想。終わりで呼吸の違いに気づきます。お茶の効能と癒しの空間を感じた二時間でした。

ここでもまた植物のチカラを違った方面から感じることができました。

一泉様、ありがとうございました。

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花の構成による表現と空間

週末2日間、水曜日の花教室で昨年より使わせて頂いている千駄ヶ谷社会教育館の文化祭でした。私たちは初出展です。

ひとつの展示室に華道、アートフラワー(造花)と当生花のアレンジメント作品が並びました。

華道池坊流さんの並んだ作品からは、凛とした静寂のピリッとした空気に間(ま)を感じます。ダイレクトに伝わるのではなく、ワンクッションある間という表現がよいのか微妙ですが…

 

そこで日本伝統の〇〇道の「道の精神」とは?とAIに聞いてみました。

単なる技術やスキルを習得するだけでなく、精神的な修練や人間性の向上を目指す、日本文化に根ざした哲学的な生き方と説明してくれました。

だからなぜか感じる神社仏閣と似た空気。華道の作品は仏像や御神体のような優しさと厳しさを発しているように感じるのです。京都六角堂の池坊さんだったので尚更かもしれませんが、華道作品から思いもよらない神仏を感じれたのはこの和洋の比較空間に半日2日間ずっといたからでしょう。

当教室の欧風アレンジはふんわりした柔らかい癒しの空間。花にいる天使や妖精のような存在が慰めてくれるような優しさを感じます。同じ生花ですが全く別物。

華道はマイナスの美、欧風アレンジはプラスの美とよく言われます。単なるプラスマイナスだけではない花の発信力と構成による表現力、目に見えない部分の違いをはっきり感じることができ、再び華道を学びたいと思った文化祭2日間でした。関係各位に感謝、合掌

 

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春の花満開は今準備

前回のブログはいつも以上に纏まりなく、読んで下さった方は何が言いたいの?と思ってらっしゃるだろうなぁと恥ずかしい反面、リアルタイムで残したかったその日の気持ち、心の動揺が出てますね。それも記録として直さずにそのままにしておきます。

 

さて今日は私が一人担当してるマンション花壇の春待ち準備が出来ました報告です。

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ひと月前に荒れてきた夏の花壇の整理をして、今シーズンのビオラやガーデンシクラメン、球根類など何種類か植えました。

植え込み作業をしていると、どこからかすぐに待ってましたと蝶々や蜂さんが飛んでくるんです。いらっしゃ〜い!ととても嬉しくなりますね。

そして昨シーズンのアリッサムやノースポールからのこぼれ種で新芽があちらこちらから出てきてて楽しいこと。移植して今シーズンも活躍してもらいます。

暖かくなる頃には株はこんもりとしてくるので間隔を空けて植えました。

そしてお花を植えた効果かは不明ですが、マンション理事会がエントランスの床タイルなどの美化を強化することになりました。もしかしたらお花のチカラ?なんて思ってます。

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今日は雨がたくさん降りましたがこれが本当の天の助け…寒い中、お水やりしなくて助かりました。

 

 

当たり前は当たり前じゃない

お久しぶりのブログです。色々ありすぎて身も心も追いつかない日々でした。

でもですね、そういうことね〜と、人間の目には見えない繋がってる縁の糸を今日感じることができ、止まっていた仏様の道に少し灯りがさしました。

今日はその切り返しの日…

2週間前、私の大事な師匠寺が焼失してしまい、その時に脱出した数匹の猫ちゃんの捕獲保護に数日参加いたしました。

目的は猫の保護ですが、そこに参加することによってこの先が見えたのです。

お寺という物体は無くなりましたが、心には本堂が残っています。ご本尊も画像に残してます。師匠は怪我なく無事です。お寺にいた多くの動物達は仏様のもとに逝ってしまいましたが悔やんでも戻ってはきません。仏教は仕方ない、どうにもならない時の心持ちも教えてくださってます。

私の今年は20年一緒にいたふたりの仔どもも仏様のもとに旅立ち、当たり前の毎日が変わり、消えるなんて思ってもない師匠寺も失いました。

同じ場所には再建しないそうなので今日が大船最後の日です。

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無常という言葉の一年です。

保護リーダーをして下さった先輩僧から今の私が先に進む為に必要なとても大事なお話をいただきました。質問したわけではありません。この保護活動に参加してなければ先に進めてなかったかもしれません。

 

境内のおシキミを持ち帰りました。挿し木にチャレンジです。

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さて来年はどんな年になるのでしょうか?

 

師匠寺からの帰り、少し遠回りしたらこんな美しい富士山を拝めました。合掌

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斎食儀について③

本来、布に包んだ持鉢(食器)を携えて入堂しますが、その布を解く時の文です。

 

次 展鉢偈 てんばつげ

頭:若展鉢時(にゃくてんばつじ)
同:当願衆生(とうがんしゅじょう)
  身心寂静(しんじんじゃくじょう)
  離諸粗暴(りしょそぼう)

 

これは華厳経の浄行品にある句だそうです。食の前に煩悩を抑え、三毒や三惑から離れ、心身を安らかに落ち着かせ、諸々の荒々しい振る舞いから離れることを願います。粗暴とは放逸(なまけ)不行儀のこと。

 

宗派により「鉢」を「バツ」や「パツ」に読み方が分かれるようです。

 

食べ物を口にするまでには、まだまだ唱えるものがあります。

つづく…

 

 

9月9日 は「菊の節句」

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五節句の中でもあまり知られていない9月9日の「重陽節句」別名「菊の節句」。旧暦の9月9日が正式のようですが、お雛様の桃の節句も本来は旧暦の3月3日のようですので、現代はもうカレンダーのお日にちで良いのかもしれません。

日本には中国から平安時代初期に伝わり3月3日、5月5日のように奇数が重なる日に無病息災や長寿を願う行事として広まりました。

中国では奇数は縁起の良い「陽の日」とされていて、最大の陽数である「9」が重なる9月9日は、非常に縁起が良い日とされていました。しかし一方で、陽の気が強すぎるため不吉という考えもあり、邪気を払う風習が根付きました。

日本では平安貴族を中心に広まり、宮中行事として菊の鑑賞などが楽しまれました。菊は邪気を払う力を持つ霊草と考えられていたため、別名「菊の節句」とも呼ばれるように。

桃の節句ではちらし寿司ですが、菊の節句では栗ご飯、端午の節句では菖蒲湯ですが、菊の花を浮かせた菊湯に入り長寿を願うそうです。

旧暦9月9日は10月後半ですから、菊が咲き、栗もとれる頃になりますね。

現代では菊も栗も年中手に入りますから

明日の9月9日、無病息災、邪気払いに菊三昧してみてはいかがでしょうか?

 

斎食儀について②

斎食儀とはどんな意味?

斎という字を見て、御斎(おとき)が浮かびました。御斎とは葬儀や法事が終わった後のお食事会のことで、食にまつわる言葉ということが分かります。

斎を調べますと、「物忌み」(ものいみ)とでます。これは神事に先立って、一定期間、飲食・言行などを慎んで心身を清めることだそうです。昔の僧侶は一日ニ食でした。飲食の時刻の制限をすることから斎(とき)となったようです。

それだけ食べ物を口にするという行為の奥深さを感じます。

ではこの斎食儀の内容を順に確認!

 

先「咒願」じゅがん

十方施主 罪障消除 福寿増長

食を施してくださった方々に対し、その恩に報いるため、仏、菩薩の加護を求めて祈願します。

 

次「唱念三宝」しょうねんさんぼう

南無清浄法身毘盧遮那仏

南無円満報身盧舎那仏

南無千百億化身釈迦牟尼仏

南無当来下生弥勒尊仏

南無極楽世界阿弥陀仏

南無十方一切常住仏

南無大乗妙法蓮華経

南無十方一切常住法

南無文殊師利菩薩

南無普賢菩薩

南無観世音菩薩

南無大勢至菩薩

南無十方一切常住僧

 

一切の煩悩を断ち、真理を体現している毘盧遮那仏に帰依します

修行を完全に成し遂げられた盧舎那仏に帰依します

衆生済度のため千百億の姿で現れている釈迦牟尼仏に帰依します

天上界より下り来て衆生を救ってくださる弥勒菩薩に帰依します

西方極楽浄土にいらっしゃる阿弥陀仏に帰依します

十方に永久に存在する一切の仏に帰依します

大乗妙法蓮華経に帰依します

十方に永久に存在する一切の法に帰依します

大いなる知恵をもつ文殊師利菩薩に帰依します

修行者を守ってくださる普賢菩薩に帰依します

慈悲をもって衆生を救ってくださる観世音菩薩に帰依します

知恵をもって衆生を救ってくださる大勢至菩薩に帰依します

十方に永久に存在する一切の菩薩に帰依します

 

次 誦経 じゅきょう

般若心経一巻

かつては、食後、施主に説法をしました。今は説法の代わりに般若心経を誦し、財施(食物)に対して法施にて報いるものです。龍樹の大智度論に「般若は信者からのすべての布施のけがれをよく消してくれる」とあるからです。

 

まだまだ続く